当時死病だった肺結核を患いながら欧米を遍歴していた中村天風は、インドのヨガの哲学者から「たった一つの大事なことをお前は気がついていない。それがわかればお前は助かるんだよ。だから、俺について来い」と言われて感動し、即座に彼の弟子となり、ヒマラヤの麓へと向かう・・・
「天風先生座談」より・・・ですから、行く途中、約九十四、五日かかりました。エジプトからヒマラヤのカンチェンジュンガまで行くのに、アラビア海岸の著名な港に寄っては二、三日泊まって行くんですからね。カラチから上がって、曳き船とラクダの背中で行くんですから、全部で三か月以上もかかりました。その間も、われわれの旅行の最後の目的地はどこなんです、ってきいたことはない。普通ならきくでしょう。こんなに日数をかけて、まだあなたの帰るべき目的地へ着かないのは、いったいどこなんですか、あなたのお国は、ときくのが当たり前ですね。しかし、私はきかなかった。なぜきかなかったのかというと、きいたってなんにもならないと思ったからだ。知らないところに連れて行かれるのに、その知らないところの名前を聞かされて、どこがどこだか皆目わからないところをきいたって、ままよ、どうせ地球の上のどこかへ行くんだろうというわけで、その旅行中、まったく、なんにもきかなかった。(つづく)

中村天風氏の講話の中から宇野千代氏が構成し著した「天風先生座談」
そういえばルピシアに、カンチェンジェンガの周辺で、春のみに摘まれたダージリンの茶葉を使用した紅茶「ピュアダージリン・カンチェンジュンガ」というものがありました。